――領域の境界が融けていった先で、デザインの境界が変わってきそうですね。
コミュニケーション設計全体をデザインと捉えることができるのではないでしょうか。その大きな要因として、パソコンの存在が大きいです。パソコンを使うことで全ての作業が単純化され、デザインに置き換わってきました。今まではメール、プレゼン、プロダクトデザイン、それぞれ全く違う作業でしたが、今はマウスとキーボードを使って作業をしています。構想して具現化するという点で、全てデザイン行為なのはないかと思います。
――それは、パソコンという一つのソフトを通過した思考の痕跡の部分がデザインになってくるということでしょうか。
そうですね。何かを意図して計画することがデザインと言えるでしょう。例えば、料理という行為にしても、設計と実装という二つのプロセスに分けて考えると、一つのデザイン行為と捉えることができます。赤ちゃんに食べさせるために摂取可能な栄養などを条件に書き出してメニューに落とし込むという「設計」、そしてそれをつくるという実装、ふたつのプロセスに分けて考えることが可能です。設計と実装に分けた時に、ターゲットがいてプロセスがあって、といった構想が生まれる。構想するようになると意図的な計画をするようになる。それがデザインという設計ということですね。デジタルが発展して、実装部分はフードプリンターでも、「word」でも、「Illustrator」でもソフトに任せられるようになったのです。そしてプリンターを使うことで出力という実装をしなくてよくなり、設計の部分に注力できるというわけです。
――デジタルの発展で、絵が描けなくてもデザイナーになれる時代ですね。
そうですね。考え方自体が重要視されてきていると思います。パソコンを用いれば、今や誰でも綺麗に直線を引くことができる時代になり、能力差ではなくなりました。そのため、コミュニケーションにおける「設計」という段階がより重要視されるようになるのではないでしょうか。
――コロナの影響により今後デジタル化は加速していくと思います。そのような中で、デザイナーに求められることは変わっていくのでしょうか。
VRの技術も含めたUIデザイン・UXデザインの観点は、より重要になっていくと思います。オンライン化が進むにつれ、人の体験全てがデザイン領域になるためです。一方で、取り残された実世界をどう最適化し再設計していくのか、という点にも注目しています。そこで、我々はexUI(external UI)といって、製品のUIをスマホなどの端末に外在化するプロジェクトを進めています。例えば、扇風機の使い方を調査するとしましょう。その際、扇風機でとうもろこしを冷やしている人がいたとします。その観点を活かし、扇風機メーカーが扇風機に「とうもろこしを冷やすボタン」をつけたとしても売れないですよね。しかし、その扇風機をUIとしてスマホアプリ化して、「夏になってきたのでとうもろこしを冷やしてみませんか」と広告し、アプリ上で機能を与えれば、扇風機自体の価値は損なわれません。また、人気がなければアプリをやめることができますし、季節ごとに機能を変化させることもできる。扇風機の基本的なハードウェアの機能は変わらずとも、ユーザー体験だけはスマホ側でアップデートをすることができます。そのような、「UIを(スマホなどに)外在化する視点」によって、製品価値を外部から自在に整理することができ、イノベイティブな開発にチャレンジすることができると思います。
――「その都度求められている体験に応えていく」という点で、「コト消費」とも繋がっていると感じます。
そうですね。消費の観点からの利点としては、デジタル化することがecoにつながるという点も重要です。シーズン毎に家電はデザインされていくけれど、その大量生産の製造ラインではどうしても資源の消費が発生することは避けられない。家電がコモディティ化してから、精神的な豊かさを満足させるための付加価値をハードウェアでも追求してきました。そうした精神的な欲求は、ハードウェアの側面から追求すると終わりがありません。いくらでも良い素材や形に変化させていくことができるためです。こういった状況の中、ユーザーの欲求を満たす「設計」の部分をデジタル化にすることで、地球資源を守ることができるのです。例えば最近のニュースでいうと、お茶のラベルレス化が出てきていて、ペットボトルにラベルをしません。CMやウェブブランディングで製品価値の適切な印象を与えて、製品であるパッケージの段階ではユーザーのニーズを満たすようなことをしないのです。そうすると、今まで製造していたラベルという資源が必要なくなり、ecoに繋げることができます。ecoがある程度当たり前になってきている時代ですが、この先の地球資源のことを考えると当たり前をアップデートしていく必要があると思います。人間の欲望をUIデザイン・UXデザインの観点から最適化し、デジタルによってハードウェアの最適化さえも行なっていくことが求められていくはずです。物理世界は有限ですし、リスクもあるので、リスクを抑えるために技術を使っていくのが良いのではないでしょうか。
後編では、未来のデザインの可能性について話を聞いた。この先、経済問題から環境問題さらには人生設計まで全ての領域がデザイン範囲となっていくだろう。まさに「融けるデザイン」としてUIデザイン、UXデザインの重要性を今一度見直していきたい。
明治大学総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 准教授。博士(政策・メディア)(慶應義塾大学)。シードルインタラクションデザイン株式会社代表取締役社長。知覚や身体性を活かしたインターフェイスデザインやネットを前提としたインタラクション手法の研究開発。近著に『融けるデザイン ハードxソフトxネットの時代の新たな設計論 』(BNN新社、2015)。